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2016年5月22日第444回 番組パーソナリティー 三枝輝行(13)
2016年5月15日第443回 番組パーソナリティー 三枝輝行(12)
2016年5月8日第442回 番組パーソナリティー 三枝輝行(11)
2016年5月1日第441回 番組パーソナリティー 三枝輝行(10)
2016年4月24日第440回 番組パーソナリティー 三枝輝行(9)
2016年4月17日第439回 番組パーソナリティー 三枝輝行(8)
2016年4月10日第438回 番組パーソナリティー 三枝輝行(7)
2016年4月3日第437回 番組パーソナリティー 三枝輝行(6)
2016年3月27日第436回 番組パーソナリティー 三枝輝行(5)
2016年3月20日第435回 番組パーソナリティー 三枝輝行(4)
2016年3月13日第434回 番組パーソナリティー 三枝輝行(3)
2016年3月6日 第432回 番組パーソナリティー 三枝輝行(2)
2016年2月28日第431回 番組パーソナリティー 三枝輝行
2016年2月21日第430回 岩谷産業 代表取締役会長 牧野明次さん(2)
2016年2月14日第429回 岩谷産業 代表取締役会長 牧野明次さん
2016年2月7日第428回 建築家・安藤忠雄さん(3) 
2016年1月31日第427回 建築家・安藤忠雄さん(2)
2016年1月24日第426回 建築家・安藤忠雄さん
2016年1月17日第425回 レンゴー株式会社 大坪清さん(3) 
2016年1月10日第424回 レンゴー株式会社 大坪清さん(2)
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第444回 番組パーソナリティー 三枝輝行(13) 2016年5月22日
番組パーソナリティーの三枝輝行が阪神百貨店で勤めていた当時を振り返ります。

【催事について】
ある時、有名ブランドの質流れセールをやりませんか?と誘いがありました。
他の百貨店には有名ブランドが既に入っていたので、このセールは阪神百貨店でしかできない催事で絶対成功すると思ってやってみました。新品同様のブランド品が安く買えるとあって、夜中の3時くらいから行列ができ始めて、大盛況でした。1週間で16〜17億円くらいの売上を記録しました。他にも全国から駅弁を集めた催事や、世界から絵本を集めた催事など、ユニークなものも色々やりました。

【趣味の世界】
友人から能に誘われてやることになりました。月に1回の練習で半年ほど経った時、大槻能楽堂で発表会があり、謡をしなくてはいけなくなりました。衣装を揃えるだけで、150万円ほどかかりました。実際に本番を迎えると、一言も間違えずにできましたし、30分間の正座もしびれませんでした。能はそれが最後で、それ以来していません。
写真に凝っていた時期もあります。京都の舞妓さんや芸妓さんの写真を撮っては、引き伸ばしてプレゼントしていました。

番組へのご意見・ご感想をお待ちしております。
宛先は・・・
<ハガキの方> 〒530−8304 MBSラジオ 「 三枝輝行の商い勘所 」
<メールの方> sae@mbs1179.com

第443回 番組パーソナリティー 三枝輝行(12) 2016年5月15日
番組パーソナリティーの三枝輝行が阪神百貨店で勤めていた当時を振り返ります。

【既成概念を打ち破ることの大切さ】
食品売り場の改装があり、何の売り場を増やそうかと考えてきた時に思いついたのが果物でした。スーパーマーケットは果物売り場が入口近くに置いてあるのに、百貨店はそれほど力を入れていませんでした。これはやり方次第では面白いことになるのではないかと思い提案しました。みんなに反対されましたが、社長の権限で押し通しました。
ポイントとしては自分の家で食べるもので、安くて美味しい旬のものを揃えることを徹底しました。すると売り上げがグンと上がりました。
一週間に2・3回、売り場に置いてあるものを持って帰って試食していました。ある日、妻が買ってきたものを食べてみると、美味しくなかったので、どこで買ってきたのか尋ねてみると、なんと阪神百貨店でした。今までは部下が気を遣って、私には良い商品を持たせていたことが分かり、激怒したことがあります。その日から自分で売り場に行って、買って帰ることにしました。それから担当者も気が抜けなず、さらに良い売り場になっていきました。

【イカ焼き】
入社した時から行列ができていました。本当に不思議なもので阪神百貨店のあの場所でしか売れないものなんです。あのイカ焼きは京都のお茶屋さんに持って行っても、たいへん喜んでくれました。

【日本一の売り場は一日にして成らず】
「食の阪神」というイメージが世の中に認められた後、バブルの崩壊があり、それまで収益を支えていた衣料品が全般的に売れなくなりました。他の百貨店が困っている中、阪神では台所に直結する食品売り場を作っていたので、非常に助かりました。そこから阪神百貨店を見習えと全国から見学が来ました。
売り場は金をかければ綺麗になるし、取引先も増やすことができるので、なんとなく似たようなものは作れます。しかし、阪神百貨店には勝てません。それは売り場のノウハウだったり、売り場に思いや愛情が違うからです。また専務の岡村君という食品のプロがいたことも大きかったです。取引先の中に入り込んで、一緒になって売り場を作っていくような人は他の百貨店にはいませんでした。

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第442回 番組パーソナリティー 三枝輝行(11) 2016年5月8日
番組パーソナリティーの三枝輝行が阪神百貨店で勤めていた当時を振り返ります。

【取引先との出会い】
阪神百貨店に出店してもらうために色んなところへ行き、出店の交渉をしてきました。阪神百貨店の名前を知らない人も多いので、そんな時はタイガースの名前を良く出していました。断られたお店の方が「絶対入ってもらう」と意気込んで何度も交渉に出かけたのを覚えています。

【食の阪神として知名度が拡大】
食品に力を入れ始めて2年ほど経って、阪神百貨店の食品売り場が面白いという評判が徐々に広がり始め、例えば阪急電車に乗ってきた人も阪神百貨店まで買い物に来てくれるようになりました。そのまま口コミが広がり、4年ほど経って阪神百貨店の食品売り場は素晴らしいというのが多くの人に知られるところになりました。
今の百貨店には特色がないように思えます。

【スイーツを毎日食べる】
食品は見ただけでは分かりません。見た目がいいから美味しいとは限りません。そのチェックのために阪神百貨店の社長として、きちんと食品のことを知ろうと思って、食べてみてチェックするようにしていました。
例えばスイーツを毎日3つずつ家に持って帰って食べていました。医者から止められるまで7年半くらいその生活を続けていました。来客がない時は自分のところの商品を昼食にもしていました。

【感動のある売り場とは?】
食品売り場を作る時に感動のある売り場を作ろうと思い、どうすれば感動してくれるのか色々考えました。その時に考えたのが一つに圧倒的な品揃えです。醤油一つでも、棚一面にずらっと何百種類も並んでいたら見た目のインパクトも含めて感動してくれるものです。
食品は誤魔化しがききません。お客さんの口は正直で、少しの味の変化でも客が離れていったり、また増えたり、本当に分かりやすいです。

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第441回 番組パーソナリティー 三枝輝行(10) 2016年5月1日
番組パーソナリティーの三枝輝行が阪神百貨店で勤めていた当時を振り返ります。

【食の阪神百貨店へ そのきっかけ】
これまでの百貨店は衣料品の売り上げが大きく、そこで儲けを生み出しているような形でした。阪神百貨店も同じでしたが、目の前にある阪急百貨店と比べてみた時に、衣料品の分野では阪急百貨店に勝てないという現実がありました。
そこで何か違う武器を作らないといけないと思い、考えたのが食料品でした。
食料品売り場も当時は阪急百貨店が日本一だったんですが、衣料品に比べればまだ勝てる可能性があるかもしれないと思いましたし、阪神百貨店がこれから先、生き残っていくためにはあれこれ考えている暇も選択肢もないような状態だったと思います。
まずは売り場の通路を広げて、ゆったり買い物できる場所を作るところから始めました。
通路を広げたために売り場が狭くなったので、辞めてもらうお店と交渉するなど、大変な作業でした。また、売り場をジャンル別にレイアウトし直すことで、商品の整理ができました。

【非日常ではなく日常を売る】
それまでの百貨店はたまにオシャレをして出かけていくような、非日常を提供するイメージがありました。しかし、それよりも毎日来てもらうようなお店にしたいと思い、家庭の台所といかに距離を短くするかを考えました。活気がないと来てくれないだろうと思って、毎日何かお祭りのような昂揚感を演出し、実際に物をみて楽しみながら買い物ができるような売り場を目指しました。

【社員全員が仕入担当者 スピード感を重視】
百貨店に商品を入れようと思うと、相手先の審査などで多くの手間と時間がかかっていました。半年や1年かかることも普通にあったので、そこはスピードを重視し、すぐに入れるような仕組みを作りました。また、社員一人一人が仕入担当者となって、出張先で見つけた商品、プライベートな旅行で出会った商品など色んな提案をさせるようにしました。自分も主張先で見つけた商品を部下に行ってすぐに仕入れさせたことも良くありました。

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第440回 番組パーソナリティー 三枝輝行(9) 2016年4月24日
番組パーソナリティーの三枝輝行が阪神百貨店で勤めていた当時を振り返ります。

【社長になって、絶対にやろうと思ったこと】
社長になって絶対にやろうと思ったことがあります。それは「現場に出る」ということです。できる限り売り場に出て女子社員と言葉を交わし、そこから売り場の生の情報を得ていました。情報のスピードに関しては、担当の部長や課長よりも早かったと思います。
どうしてそんなことをしたかと言うと、報告という形式ばった形で売り場の情報を吸い上げると、基本は良い事ばかりで、悪いことは隠されてしまうからです。
隠されるということが上に立つ者にとって一番危惧しなければいけないことです。

【個人的な趣向を売り場へ反映する】
孫が生まれて、8階の隅にあった子ども用品の売り場を6階の一番良い場所へ移動させました。その時は「僕が欲しいと思うんだから、お客様もきっと欲しいに違いない」と思いました。担当の社員は無茶苦茶だと思ったに違いありませんが、結果的には当時それほど大きな売り場を取っている百貨店が少なかったので、注目され売り上げが上がったので良かったです。
自分の趣向をフロアに反映することは悪い事ではないと思っています。ワンフロアを任されるような部長だった時は、売り場は自分の部屋だと思っていました。その中で自分の良いと思ったカラーをきちんと売り場に反映できれば、統一感が出るし、ブレることはないと思っていました。

【女性社員の底力】
阪神百貨店には松下電機の商品が並んだナショナルショールームがありました。それが撤退することになり、300坪〜400坪の売り場が空くことになりました。そこで女性社員3人に「美」「健康」「癒し」をキーワードに売り場を作らせることにしました。上司に対しては口出し厳禁にして、社長直属のプロジェクトとしました。そうして1年かかりで百貨店では初めてとなる売り場が完成しました。
「女性の活用」が声高にさけばれていますが、女性の活用をするなら、責任ある仕事を口を出さずに任せることが一番重要だと思いました。

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第439回 番組パーソナリティー 三枝輝行(8) 2016年4月17日
番組パーソナリティーの三枝輝行が阪神百貨店で勤めていた当時を振り返ります。

【社長に就任 まず初めに】
平成7年に社長に就任し、一番最初にやったことはメインバンクに借入していた余分なお金を全て返済しました。銀行側がなかなか応じなかったので、こちらから一方的に振り込みました。これによって立場が対等になって、逆に銀行側が相談を受けるなど、関係性が良くなりました。

【慣習を廃止】
取引先が年始の挨拶に来るなど、百貨店には昔からの慣習が根強く残っていました。
こんな無駄なものはないと思い、様々な慣習を撤廃していきました。代表的なものとしては、取引先からの中元歳暮の受け取りの廃止です。この廃止に関しては売り上げが減ると抵抗を受けましたが、最後まで譲りませんでした。また、エレベーターガールについても廃止しました。

【阪神百貨店1階の住友銀行】
1階部分に住友銀行の支店がありました。これからお客さんがたくさん入ってくる時間に閉店するし、場所も取るので追い出してやろうと思っていました。2年から3年の間、ずっと支店長に言い続けていたら、銀行の役員会の中でその話が話題に挙がって、出ていく話になりました。しかし、撤退の費用については百貨店の負担になることがわかり、出ていく話は中止になりかけましたが、銀行側で支店の統廃合の話が出てきて、最終的にはこちらの負担なしで閉店することができました。

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第438回 番組パーソナリティー 三枝輝行(7) 2016年4月10日
番組パーソナリティーの三枝輝行が阪神百貨店で勤めていた当時を振り返ります。

【首を覚悟で…】
課長時代に首を覚悟で臨んだ仕事があります。当時、営業担当の専務がいたんですが、人間的には好きだったんですが、売り場の改修を独断専行でやり直させるなど、目に余る行動をたびたび取る人がいました。その人がこのまま百貨店にいてはダメになると思い、経営協議会という会社のオフィシャルな場所でその専務について弾劾しました。
結果的にその人は子会社に行き、代わりに優秀な人が百貨店に帰ってきたことで、百貨店の改革が進み、立ち直りのきっかけになりました。

【社長になった年は激動のはじまり】
阪神大震災が起こり、その一ヵ月後には父親が亡くなるなど激動の始まりでした。台湾のオーナーが飛行機でお葬式の会場までやってきてくれて、とても嬉しかったです。5月には5年かかった高雄の百貨店とホテルが完成し、6月に社長に就任することになったんですが、それまでは社長になると思っていませんでした。社長になって決めたことは、「10年経ったら辞めよう」ということでした。そこから全ての責任は私にあると思って、その代わりに保身も考えないし、やりたいことはやるというワンマン体制を取りました。

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第437回 番組パーソナリティー 三枝輝行(6) 2016年4月3日
番組パーソナリティーの三枝輝行が阪神百貨店で勤めていた当時を振り返ります。

【台湾・高雄での百貨店とホテルの開業に向けて】
台中に百貨店を作った経験から、その時のオーナーの一人から依頼が舞い込みました。持ち込まれた設計図はホテルと百貨店の建物が別々になっていました。見ている間に一棟にまとめた方がいいと思ったので提案しました。最初は断られましたが、受け入れられ、再び1年かけて再設計してくれました。開発の途中で地下から水が湧きだすなど、問題がたくさん出てきました。開業まで5年の歳月がかかるビックプロジェクトでした。

【オープン四日前に停電】
オープン一週間前くらいから商品の搬入などが始まりましたが、オープン四日前のお昼に全館に渡って停電が起こりました。オーナーと話をしてオープン日をずらす提案をしました。最初は受け入れてもらえませんでしたが、もし事故を起きてはダメなので、断固として譲らず、結果的にオープン日をずらすことになりました。

【オープン直前に帰国】
対等な立場でやり取りしていたと思っていたオーナーの秘書の振る舞いに関して許せないことがおきました。その怒りが収まらず、上司に相談もせず次の日の朝一番で日本に帰りました。帰りの飛行機の中で阪神百貨店を辞めることなると腹をくくっていました。それから毎日オーナーから謝罪のFAXが届いたので、それを受け入れオープン日には台湾にいきました。

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第436回 番組パーソナリティー 三枝輝行(5) 2016年3月27日
番組パーソナリティーの三枝輝行が阪神百貨店で勤めていた当時を振り返ります。

【部長になってから真面目になりました】
41・2歳の時に部長になりました。阪神百貨店では部長職になる時はそれまでの辞令とは違い、社長から自宅へ電話がかかってきました。30代はタバコ、遊びも結構しましたが、40歳の誕生日からは徹底的に仕事をしてやろうと思って、タバコと京都へ遊びに行くのをやめました。タバコは今だに吸っていませんし、京都もそれから12年ほど足を踏み入れませんでした。

【1階のフロア長として】
部長になった時に百貨店の1階のフロア長にもなりました。1階は化粧品などのフロアで、それまではあまり行ったことがありませんでした。化粧品売り場の課長から「百貨店は男女問題にうるさい。化粧品売り場に行かない方がいい」と言われましたが、それが気に障って半年ほど化粧品売り場に入り浸りました。化粧品の販売員さんなど外部のスタッフを可愛がるうちに、みんなが阪神百貨店のために売り上げを伸ばそうと思ってくれて、売り上げがすごく伸びました。なかでも資生堂は全国でも有数の売り場に変わりました。当時の資生堂の社長からその理由を聞かれたくらいです。

【新しいハンカチ売り場】
今まではケースの中でハンカチを展示し、お客様から言われたら取り出してお客様に見せるという売り場でしたが、それを変更して、ケースの上に出してお客様が自由に選べるようにしました。業者からはそんな売り方をしたら商品を引くというように言われましたが、実際にやってみると売り上げがどんどん伸びていって、業者も間違っていたと認めました。それの売り場が話題になって、全国の百貨店へと広がってきました。

【台湾の高雄に百貨店】
台中の百貨店の経験から高雄にホテルと百貨店をつくる計画に参加することになりました。最初の設計段階ではホテルと百貨店が別棟だったので、一つの建物にするように言って、1年ほどかけてホテルと百貨店の位置関係や動線の確認などを1年かけてやりました。

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第435回 番組パーソナリティー 三枝輝行(4) 2016年3月20日
番組パーソナリティーの三枝輝行が阪神百貨店で勤めていた当時を振り返ります。

【台湾の台中】
課長時代に厳しい統制下にあった台湾の台中で百貨店をオープンさせるプロジェクトに参加しました。当時の台湾は違法でありながら、女性目当てに来る日本人も多く、それを見ていると日本人の男性として本当に恥ずかしく、そして現地の人たちに申し訳ない気持ちでいっぱいでした。

【台中に百貨店を】
当時の台中はすごく田舎で、商品の取り寄せから、社員教育まで本当に骨の折れる仕事でした。サービス業が何かということから教えていきました。1年半くらいかかって要約形になってきたくらいです。また台湾内部の民族問題などもあり、社員教育には苦労しました。
最初に台湾に行ってから2年ほど経って、百貨店がオープンした時はとても嬉しかったのを覚えています。それが後の高雄の百貨店にもつながっていきます。
何回も行き来したので、空港の警備隊長とも仲良くなりました。

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第434回 番組パーソナリティー 三枝輝行(3) 2016年3月13日
番組パーソナリティーの三枝輝行が阪神百貨店で勤めていた当時を振り返ります。

【紳士の肌着売り場を面白く】
紳士の肌着売り場の担当になった時、この売り場を変えてやろうと思いました。
その一つとして、当時、男性の下着で色鮮やかな下着がなかったので、色や形にこだわった色んな種類を作って売り場にディスプレイしたところ、全国の百貨店から視察に来たり、新聞などで話題になりました。
また自分でも履いて、北新地などに行って宣伝していました。

【生地売場をなくす】
当時の百貨店には、反物を売っている生地売場がありました。生地を買って自分の家で裁縫する人がどんどん減り、売り上げが減る一方だったので、なんとかお願いして在庫を名古屋の生地の会社に引き取ってもらいました。何度も諦めずに交渉に出かけて、契約をまとめるのに1年くらいかかりました。
棚卸もすごく大変だったので、売り場をなくせて本当に良かったと思います。

【大手メーカーと大ゲンカ】
「目の前にある阪急百貨店には売れ筋の商品が入るのに、自分たち阪神百貨店にはそんな商品が入らない」そんな思いと戦いながらの百貨店人生でした。それを象徴するような事件があります。
阪急がいらないといったある紳士ブランドを阪神に入れたところ、すごく人気になり、売り上げが伸びました。すると突然、ブランドを抱えるメーカー担当者が「あのブランドをひかせてくれますか?」と言うんです。そんなことを突然言い出すのはおかしいので、目の前の百貨店から言われているのだとピンときて、そんな理不尽なことを言うんだったら、そのメーカーの紳士服すべてを
売り場からひかせると言って、実際に撤去しました。
大問題になりましたが、クビをかけてでもこんな理不尽なことには向かっていかなくてはいけないと思いました。阪神百貨店とメーカーのトップ、そして私を交えた三者で話し合いをして、最終的には自分の意見が通りました。

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第432回 番組パーソナリティー 三枝輝行(2) 2016年3月6日
番組パーソナリティーの三枝輝行が阪神百貨店で勤めていた当時の思い出を振り返ります。

【オリジナルブランドを作る】
モノを置けば売れている時代でしたが、与えられたモノを売るだけの仕事には疑問を感じていました。そこで自分で商品を作ろうと思い、糸のメーカーや編み物工場と掛け合ってオリジナルのセーターを作りました。それを持って、阪神百貨店に限らず北海道から鹿児島の百貨店を回って売りました。当時で1億円くらい売れました。

【抗議で会社を休む】
そんな売り場の主任をしながら全国を売り歩いていたのを、遊び回っているとウワサを流されました。そして上司から「許可も得ずに勝手に何をしているんだ」と事実も確認せずに叱責され、これだけ会社の売り上げに貢献しているのにと心外だったので抗議として会社を休みました。3週間ほど休み、会社を辞めるつもりでいたんですが、部下たちがきちんと働いていたことを証言してくれて、最終的には上司が謝ったので、現場に復帰することにしました。

【阪急への対抗心】
大きなメーカーの担当者の中には百貨店の売り場の主任や課長のことを相手にしないような人がいます。しかし、私の場合は上の言うことを聞かず、自分の思ったことをやるタイプだったので、そんなメーカー相手でも物おじせずに自分の思う通りの売り場を作る改革を結構しました。そんな中でもメーカーによっては「阪急百貨店だけ」という所も多く、阪急百貨店には負けたくないという思い強くなっていきました。

【No1のヤングファッション売り場】
役職が上がっていって、課長になった時に取り組んだのがヤングファッションのフロア作りでした。大阪で1番の売り場を作りました。そんな中でどうしても入って欲しいお店があって、東京の会社へ行ったことがありました。アポイントの時間を2時間ほど過ぎても待たされ、人を人とも思わないような対応に腹が立ちましたが、それでも負けず根気強く交渉し最終的にはお店に入ってもらいました。しかし、その会社は結局大した売り上げも残せずに最終的には潰れてしまいました。やっぱりそんな対応をする会社はダメになると学びました。

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第431回 番組パーソナリティー 三枝輝行 2016年2月28日
今週からの商い勘所は番組パーソナリティーの三枝輝行が阪神百貨店で勤めていた当時の思い出を振り返ります。

【阪神百貨店へ】
東京オリンピック前で、日本中がいろいろ開発されていたこともあり、観光や開発の仕事がしたいと思っていました。阪神電鉄の社長をたまたま知っていたこともあり、相談に行ったところ、その人からスタートして6年ほど経った百貨店が未知の世界で面白そうだからどうかと勧められ、入社することになりました。

【問題の新入社員から鬼の上司へ】
入社後の研修期間は紳士服の売り場で販売などをしていました。研修なんかもありましたが、面白くないので映画などを見に行っていました。男性が少なかったこともあって、研修が終わった10月には売り場の主任になり、いきなり100人ほどの女性の部下ができました。たくさんの部下ができていい加減なことはでいないと、急に厳しくしました。自分も馬鹿にされないようにあまり休憩を取らず、必死になって働きました。

【主任の仕事】
主任の仕事は商品の仕入れから取引先との交渉・クレーム処理まで多岐にわたり、忙しくて百貨店を辞めたいとは思っていましたが、行動に移す時間はありませんでした。

【モノを置けば売れていた時代】
景気が良かったこともあり、紳士のセーターは勝手に売れました。
当時はファッションからーというのが毎年あって、流行の色が決まっていたので商売がやり易かった。モノのない時代から沢山ある時代への転換する時期で、モノが売れる時代だった。初任給は1万2000円で、毎年20−30%ほど上がっていました。

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第430回 岩谷産業 代表取締役会長 牧野明次さん(2) 2016年2月21日
先週に引き続きゲストは、岩谷産業の会長・牧野明次さんです。

【水素エネルギーについて】
現在は化学メーカーから水素を購入したり、液化天然ガス(LNG)から水素を精製しています。水素を作るのに風や水や太陽光などの自然エネルギーを使えば二酸化炭素は発生しませんが、多くの場合はまだ電気を使って水素を作る事が多いので、そこが環境への課題です。水を分解して水素を作り出すこともできますが、これは電気代がかかります。

【各国の水素事情】
現在、液化水素を作っているのはドイツと日本くらいです。
アメリカでは産業用に使われています。オーストラリアでは褐炭から水素を作り出そうと研究を進めています。

【これからの水素】
水素はコストの問題が課題で、これからは値段を半分くらいを目標にして、さらに安全で使い勝手の良いものにしていかないといけません。
水素ステーション設置のコストも安くできると思います。
カーナビの中に水素ステーションは既に入っていますが、この3月末で21ヵ所オープンさせようと思っています。さらに年内にあと10ヵ所ほど考えています。

【目標】
1964年の東京五輪の時はプロパンガスで聖火をともしましたが、
2020年は水素で聖火をともしたいです。今、炎の色を赤色にするような研究もしています。また、水素発電で競技場に明かりを灯したいとも考えいます。これからは水素を使って第三の産業革命を行いたい、そんな夢を持っています。

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第429回 岩谷産業 代表取締役会長 牧野明次さん 2016年2月14日
今週のゲストは、家庭用LPガスから次世代のエネルギーとして注目されている水素まで環境に優しいエネルギーで社会に貢献する岩谷産業の代表取締役会長・牧野明次さんです。
牧野さんは番組がスタートしてすぐ、2008年以来の出演になります。

【牧野さんから見た創業者・岩谷直治氏】
昭和40年に入社した時に創業者の岩谷直治さんから「そのうちに飛行機は水素で飛ぶぞ」と言われたのを今でも覚えています。
岩谷産業は昭和33年に圧縮水素、昭和53年には液体水素を作り出しました。このことが証明するように、創業者には先見性と水素に対するゆるぎない信念、そしてそれを強力に進めていくリーダーシップがありました。

【岩谷産業について】
売り上げの約半分以上を占めるLPガス事業に始まり、続いて産業ガス機械、資源・資材などのマテリアル事業、農業や食品などの自然産業の分野があります。

【プロパンガスについて】
LPガスの一種であるプロパンガスは、分散型エネルギーとして非常に優れています。日本の中でプロパンガスが使用されているエリアは95%と非常に広範囲で、一方、都市ガスは東京、名古屋、大阪、岡山、広島など一部の大都市だけです。災害時などのことを考えると、都市ガスとLPガスの併用というのが良く、特に官公庁の施設などは都市機能を守る観点でも必要であると思います。
LPガスはサウジアラビア、UAEから運ばれてくることが多いですが、最近ではアメリカからも入り始めています。

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第428回 建築家・安藤忠雄さん(3)  2016年2月7日
三週に渡り、ゲストは世界的建築家の安藤忠雄さんです。

【日本の少子高齢化】
子どもを増やそうと思うなら、安定した社会を作ることが欠かせません。安定した社会というのは、雇用が安定していたり、地方都市にも働く場所があることです。実際にはなかなか実現していません。

【高齢者のこれから】
70歳まで働けるように肉体的にも知的にもレベルアップしていないといけません。そのためには40代くらいから自分を磨いていないといけません。その後の70〜80歳はボランティアをして、その後、ゆっくりするような人生の送り方ができたらいいのではないかと思います。

【地方創生】
その土地に愛着のあるリーダーがいります。瀬戸内芸術祭はベネッセの福武さんの強い思いがありました。国のサポートもしっかりして欲しいと思います。
直島は地方創生のモデルケースになると思います。1987年に初めて訪れた時は成功するとは思えませんでした。しかし、観光客が増えるにつれ、街の人の目つきが変わってきました。街づくりは欲が出てこないといけない。

【北ヤードの開発男と女】
北ヤードの6〜7割は公園にすべきだと思います。関西全体のためにもなると思います。

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第427回 建築家・安藤忠雄さん(2) 2016年1月31日
先週に引き続き、ゲストは世界的建築家の安藤忠雄さんです。

【学校教育について】
想像力も自由に勝手気ままにすればいいものでもなく、ベースとなる知識が重要なので、知識を詰め込む教育というのも必要な部分もあります。知識の上に人間の思いをのせることが大切です。
そのためには子どもの時に子どもをしっかりすること、小さい時に命に対する愛情を育むことが大切です。

【家族について】
大家族が減り、核家族が増える中でこれまでの親子関係が変わってきています。例えば大人になるまで22年間親に面倒をみてもらったなら、子どもは22年間、親の面倒をみないといけないと思います。建築は人が集まる所を作るのですから、人が集まることを拒否するような人が建築できる訳がありません。

【東京の一極集中について】
地方都市で生きて行く方いいと思います。
豊かに生きるということを実践できる社会でないといけません。
今の地方は人がいないので、人と人との出会い、接点を作りにくいのが課題です。

番組 へのご意見・ご感想をお待ちしております。
宛先は・・・
<ハガキの方> 〒530−8304 MBSラジオ 「 三枝輝行の商い勘所 」
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第426回 建築家・安藤忠雄さん 2016年1月24日
今週のゲストは番組準レギュラーである建築家・安藤忠雄さんです。

【安藤さんの病気について】
2009年、定期健診で血糖値が異常に高かったので調べてもらったら、胆嚢と胆管、十二指腸が合流する所にガンが見つかり三つの臓器を摘出しました。さらに2014年には膵臓にガンが見つかり、膵臓と脾臓を摘出することになりました。手術した後は、歩いたり、食事をきちんと食べたり、医師や看護師さんの指示の通りに取組みました。一番大切なことは目標を持って生きることです。自分に果たさないといけない目標があると思うことで、前向きに何事にも取り組むことができます。落ち込むことが一番ダメです。

【安藤さんと教育】
独学で建築の勉強をしました。
エリート教育にのらなくても、自分の心の中に可能性があれば大丈夫だと思います。今の時代、企業に入れば定年までいける訳ではないので、能力を上げる努力はしておかないといけません。勉強を通じて、勇気と判断力を身に付けることが大切です。

【日本の曖昧さ】
日本の特徴の一つが曖昧さです。2020年東京五輪のメインスタジアムの
国立競技場の件についても曖昧さが一つの原因でした。日本と国際社会ではシステムが違うところがあり、良いところ、悪いところ両方あると思います。

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第425回 レンゴー株式会社 大坪清さん(3)  2016年1月17日
三週に渡りゲストは、段ボールのトップメーカーであるレンゴーの代表取締役会長兼社長の大坪清さんです。

【レンゴーの最新研究】
レンゴーには中央研究所と包装技術センターがあります。
中央研究所はナノテクロノジーなどの基礎研究を、包装技術センターでは段ボールを組み立て方などの製品の研究をしています。今後色んな展開が期待できます。

【今後の海外戦略】
海外に比べて日本の生産性は非常に悪いです。これからは業界の再編が進んでいきます。時間はかかりますが、先頭に立って業界を引っ張っていきたいと思います。

【大坪さんのこだわり】
「現場にこそ真理がある」と思っていますので、会社や工場をよく歩き回っています。その時には社員の名前を覚えて、名前を呼ぶようにしています。呼ばれた社員は嬉しそうで目が輝いています。
それによって社員たちとのコミュニケーションが上手く回るようになったと思います。会社の営業戦略を立てようと思うと役員会だけでは難しいと思っています。

【関西経済のこれから】
関西の経済界の方にはもっと大阪を愛して欲しいと思っています。
本社を東京へ移す必要なんかありません。
今後は民間企業から関西経済を引っ張る人材が出て来なければいけません。そして経済界と大阪の政治・行政との連携も模索していなくてはいけません。

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第424回 レンゴー株式会社 大坪清さん(2) 2016年1月10日
先週に引き続きゲストは、段ボールのトップメーカーであるレンゴーの代表取締役会長兼社長の大坪清さんです。

【先輩から教えてもらったこと】
出向していた摂津板紙では、社長の増田義雄さんに鍛えられました。
製造の現場をしっかり把握しないといけないということで、機械の下で三日間寝泊まりするように言われました。工場に対する愛着が出たり、夜になると機械や配管から音が鳴ることが分かって、そこから工場全体の構造を掴んだりできました。貴重な体験をさせてもらいました。

【レンゴーの社長へ】
ロンドンから帰ってからレンゴーの社長になってほしいというリクエストをもらっていましたが、海外でまた挑戦したいと思っていたので断っていました。すると、当時レンゴーの社長だった長谷川さんに突然「新聞に次の社長は大坪君がなると言っておいたから」と言われて、社長を引き受けることになりました。

【レンゴーの創業者・井上貞次郎】
独立心が強く、28歳まで失敗ばかりでしたが、段ボールと出会って運命が変わりました。段ボールを作る機械を作り上げ、マツダランプのパッケージに使われるなどして、一気に知名度と用途が広がっていきました。段ボールという名前は井上が考えたものです、意匠登録をしなかったので、世間に広まりました。
ネット販売に代表されるように物流が発達している今、段ボールの需要も増しています。

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